2014年11月29日土曜日

【米国ローカル報道】市民グループが原発周辺で放射線レベル急上昇を検出

教訓:①市民の監視が大事、②原発は事故でなくても放射能を放出する。

市民グループが原発周辺で放射線レベル急上昇を検出
TAURO: Radiation monitoring shows startling spikes
ジャネット・タウロ Janet Tauro 20141127
市民グループがニュージャージー州レーシーのオイスター・クリーク原子力発電所の周辺地点の空間放射線量をモニタリングしている。
ニュージャージー州レーシーのオイスター・クリーク原子力発電所から日常的に周辺地域に放出されるリアルタイムの放射能レベルについて、連邦当局者やオーナー企業が地域説明会を開いたり、公表したりした最後の日はいつだったのだろうか?
そんなこと、あったのか?
答えに窮する設問である。だからこそ、市民グループが今年3月、全米規模の放射線監視ネットワークに参加したのである。グループは原発から半マイルないし40マイルのさまざまな地点の空中放射線レベルを記録している。コンピュータに接続した放射線検出器を使って、データは全米データベースに転送され、スプレッドシートに入力される。
市民たちが個人献金とパタゴニア財団助成金を資金として維持されたプロジェクトの期間中にオイスター・クリーク周辺地域で記録した1分間放射線計測値データは100万件に迫ろうとしている。
データは驚くべきものだった。放射能放出量が突発的に急増したできごとが2度あった。7月に起こった計画外の高温停止、そして10月に実施された年に一度の燃料交換のあと、送電を再開したときである。
天然起源の放射線はどこにでもあり、1分毎の変動は普通のことである。背景放射線には、エックス線やCAT検査の放射性物質を使う医療検査施設から拾うものも含まれ、宇宙線もある。
しかし、すべての核施設から放出される放射能は、核分裂反応の副産物としてのみ存在する放射性同位元素の混合物なので、背景放射線とは違っている。このような放射性同位元素で被曝すると、体のDNAに影響がおよぶことがあり、癌、遺伝的欠陥、流産のリスクが高くなる。放射性の放出物は、匂いも、色も、味もなく、五感で検知できないので、世間はたいがい放出に気づかない。
オイスター・クリーク原発が稼働している限り、低レベル放射能は放出されつづける。プロジェクト期間中に記録された放出物の計測値が連邦規制限度を超えることはなかったが、1990年代末から続けられてきた米国科学アカデミーの画期的な研究の成果、一般にBIER VIIと呼ばれる報告書は、継続的な低レベル放射線被曝に安全といえる量がないと記している。
市民グループによる検出にはさまざまなタイプの放射線が含まれ、施設周辺の地域社会の典型的な背景放射線のパターンを読み取ることができる。原発から最も遠く離れ、しかも風上に設置された検出器はコントロール(統計比較対照区)計測に使える。その地点の検出値は最低だった。
7月の9日間のあいだ、原発が想定外の高温停止に陥り、同時にグループ参加者たちは一定期間持続して急上昇した検出値を記録した。原発から半マイルの地点の検出値は通常パターンより43パーセント跳ね上がった。燃料交換中の上昇率は30パーセントに達した。(急上昇[spike]とは、全米プロジェクトの定義によれば、10分間以上の平均放射線計測値が通常平均値よりも22パーセント以上上回ること)
8か月のあいだで、7月のできごとほどに計測値が大きく跳ね上がったことはない。興味深いことに、ニューヨーク州タリータウン、インディアン・ポイント原発の周辺の別な市民監視グループが今年の夏、その原発が計画外の高温停止に陥ったときに同じような急上昇を記録している。
急上昇を原発以外の原因のせいにできるだろうか? そうかもしれないが、どれほどの可能性があるのだろうか? ラドンや宇宙線は通常、時間の経過とともに少しは変動する。空中に漂う医療用エックス線だろうか? 誰にわかるというのだろう? 検出器の設置場所は何マイルも離れている。それぞれの検出器が同時一斉に急上昇を記録し、最高値は原発に最も近接した地点で記録された。40マイル離れたコントロール用検出器は急上昇を記録しなかった。
確かに言えることとして、連邦原子力規制委員会は原子力発電所からの放射性放出物のモニタリング・システムを独自に構築すべきであり、そのデータをリアルタイムで公開し、一般人が容易に知ることができるようにしなければならない。現在、企業が自社の放出をモニターしており、データを規制委に送って、検査を受けている。さまざまな州の市民たちが自分たちのこととして、みずからデータを集めているのも、不思議なことではない。
原発が稼働してきた45年間、相当な量の放射能が環境中に放出された場合があってきたが、原発事業者や連邦規制当局から中身のある通知や説明はとんとなかった。
一般市民は、容易に閲覧できるリアルタイムのデータ、腹蔵のない議論、献身的な選出公務員を享受するに値する。だが、これが実現する日を待つのではなく、市民がみずからの実力を磨き、気軽にデータを集め、いつの日か、わたしたちの命、そして子どもたちの命にとても大きな影響をおよぼす人物たちに、説明責任を今以上に果たしてもらわなければならない。
【筆者】
ジャネット・タウロJanet Tauroは、Clean Water Actionニュージャージー州代表、GRAMMES(エネルギーの安全を求める祖母、母、その他の人たち)の創立メンバー。



写真出処:
CLEAN WATER ACTION >

Series of Cover-Ups Undermines Faith in Exelon




オイスター・クリーク原子力発電所


インディアン・ポイント原子力発電所

2014年11月28日金曜日

【評論】幻想と現実の相克―― 原発を選んだ日本の核有事・住民移動管理政策 @JapanFocus

アジア太平洋ジャーナル/ジャパン・フォーカス
アジア太平洋…そして世界を形成する諸勢力の批判的深層分析

アジア太平洋ジャーナルVol. 12, Issue 46, No. 1, 20141124
現実の彼方、またはまやかしの理想――
原発を選んだ日本の核有事・住民移動管理政策
セシル・アサヌマ=ブリス Cécile Asanuma-Brice
東北日本で原子力発電所の爆発を引き起こした2011311日の地震とそれに伴う津波から3年たった。その時から、被害対策の主要な課題は、地震が誘発した津波による破壊と危険な放射能に追われて避難を余儀なくされた人びとの再定住問題に対処するための方策だった。筆者はその年の12月、住宅部門が受けた被害、津波と福島県土の一部と近隣地域に広く拡散した放射能汚染による被災者のための再定住制度に関する正確な査定を詳細に書いた1。政府は、避難民の数が160,000人であり、うち100,000人が県内避難、60,000人が県外避難であると報告した。政府は避難民が元の居住地に帰還することを奨励する政策を採用し、その土地はひどく汚染されたままなので、現在の公表値では、避難者が140,000人、うち県内避難が100,000人、県外避難が40,000人となっている。しかしながら、これらの公表値は、無視できない人数の住民が登録を拒むような、極めて制限の多い制度の結果である2。事実として、避難を余儀なくされた人びとの数は、公表値が世間を信じこませている人数よりもかなり多い。今日の日本で、核避難民はどのような状況にあるのだろうか? 政府が世界的規模の災害を管理することをめざしていたとき、地方自治体はこの3年間、住民を守るためにどのような施策を実施してきたのだろうか? 危機が進行中であり、戻りたいという要求もないのに、まだ部分的に汚染されている土地に帰還することを住民に強いる当局の動機は何だろうか? 以上が、筆者が本稿で解明をめざす、いくつかの論点である。
破局の利害関係
20135月、会津若松市内の仮設住宅。写真:Cécile Asanuma-Brice
「破局」という用語によって、筆者はジャン=ジャック・デルフォア3による定義「一連の真因および一連の真因の暴露による通常の作用、すなわち職務怠慢、極小化、回避、リスクに対する思考停止」を指す。政府による住民移動管理および政府による選択について考察するさい、関連する国内政策および対外政策を理解することが不可欠である。さらにまた、問われている破局に引き続く最大のパラドックスのひとつが、特にアジアにおける、新規原子力発電所の建設と新規ウラニウム鉱山の運営4を規定する原子力に関するフランス・日本間(とりわけ、アレヴァ・三菱間)の国際合意の蔓延(はびこ)りようである。おまけに、おそらく偶然だろうが、三菱グループは20146月、世界最大の兵器見本市・ユーロサトリに初めて参加している5
20135月、会津若松市内の仮設住宅。
写真:Cécile Asanuma-Brice
準備段階として201212月、原子力の安全に関するIAEA(国際原子力機関)閣僚会議がフクシマに世界中の国ぐにからの代表を集めて開催され、今後は安全になり、危険でなくなるという原発の開発を決議した。フクシマ三重災害が起こった、その年に、原子力を推進し、開発する政治決定が下り、最小コストで可能な限り迅速な常態復帰が優先されることになった。国際放射線防護委員会(ICRP)が「集団線量およびコスト=便益分析概念」にもとづいて改訂した手本が、危機状況における採算性を計算するための基礎として使われた。ICRPにとって、リスク管理は方程式で導き出され、人命に経済的価値を付け、それを元にして、その命を防護するための費用効率を計算できるのであり、故に、その防護を提供することの費用効率を決定するというものである6ICRP主委員会委員でCEPN(放射線防護評価研究センター)理事、ジャック・ロシャールは201311月、筆者によるインタビューで「エートスはタナトス(訳注:死の擬人化)なしにありえません」と語った7。鍵は、どちらの側に天秤を傾けたいのかを知ることにある。人命に金銭価値を付けることは、わたしたちの社会に見る、人間存在の客体化に向かう傾向の間違いなく極端な実例であり、現在の安倍晋三政権による、日本で停止中の核施設を再稼働させようとする目論みと余すところなく呼応している。
311後の日本で住民移動を統制する政略は、年度別優先順位計画において政府が策定する指示にもとづいて3段階に分けることができる。
移住の流れを逆転させる管理政策
1段階は、災害の翌年に始動した。緊急に対応する必要があった。この措置は基本的に、日本中の空き公共住宅を開放したり、兵舎のような災害仮設住宅を新たに建てたりして、被災者を家賃無料で収容することで実施した。この対応は災害時緊急援助の外観をまとってはいたが、福島県内では、どちらかと言えば住民に防護の幻想を抱かせ、安心させることを目論んでいた。仮設住宅の一部は汚染地域に建てられ、設置された放射線モニタリングポストの測定値は手を加えられ、除染作業はとても非効率的だった。
災害仮設住宅の配置と放射線分布の相克
1m高さの測定値:0.20 µSv/h 、すなわち年間1752 µSvまたは1.7 mSv
1 mSv
(ミリシーベルト)=1 000 μSv(マイクロシーベルト)
フランスにおける(また原発爆発前の日本における)民間人の年間許容人工放射線被曝限度:1 mSv/年・人(フランス公衆衛生規範R1333-8条項)
地図作成:Cécile Asanuma-Brice
2012年末が転機になり、全国の空き公共住宅を家賃無料で提供する国の施策が終了したものの、避難民に公共住宅から出るように求めるか否かの選択を地方自治体の手に委ねたのと併せて、避難民に帰還を促す公的機関による最初の呼びかけがあった。これは、当局による災害処理の特色となる基本的な要点のひとつであり、政府は地方自治体に責任を押し付け、地方当局はしばしば被災者に責任を転嫁する。政府から地方自治体への責任転嫁はこの流れの第一段階である。地方自治体はおしなべて財源に乏しいので、こうした問題に取り組むための資金と資材の不足を懸念するので、責任転嫁は再建事業の大幅な遅れに形を変える。要するに、じっさい再建が一向に進んでいなくても、再建できましたとお伽話を弄して避難民を帰還するように誘えば、政府にとってじっさいの再建費用よりも安上がりになることが請け合いだからである。なんといっても、統計学と科学の視点による住民観察の精度を上げるために住民の県内再定住を働きかける国側の権威者たちには、愚民であり、棄民してもかまわないと見る人びとの防護に金を使うつもりはなかった。すでに過疎化しており、過疎化がどんどん進むことが決まっている地域なのに、どうして公共住宅に投資するのか?
国家による被災者に対する責任の放棄の第二段階として、各個人に責任が転嫁され、汚染地で生活するか、あるいは極度の困窮状態のまま異郷で暮らすか、選択を余儀なくされた。とりわけ他県で避難や生活再建を求めた人たちには、政府は財政的・物的援助を提供しなかった8。強引な広報キャンペーンが練られて、日本人が自分の地域と先祖伝来の故郷を離れることは大変な負担になるというイメージを大々的に喧伝し、他県での避難生活や再定住の動きを阻もうとした。生涯、土地を耕してきた人たちが故郷を離れるのは格別に傷つくことだが、このような感じかたは日本の農民だけに限らない。筆者の調査取材に、土地に愛着があるにしても、よそへ引っ越したいが、政府による経済支援がなければ、それも無理だと応じた人がかなりいた9
避難指示解除は回復のしるし
2011年当時の区分:
避難区域
自主避難区域
緊急時避難準備区域。
20114111

避難者に帰還を呼びかける政策の結果、20135月末、立入禁止区域の一部が指定解除になった。この規制区域を縮小する政策は、東京電力株式会社による補償金支払いを受ける資格のある避難民にとって、それが減額されるという重大な経済的意味合いをもっていた。だから、政府の除染事業に関する、ご立派だが不当な報道発表は、人びとにとっては悪いニュースであり、自分たちの住処がいまだに汚染されているゴーストタウンにあるのに、現実的にはフィクションとして、居住可能になったと宣言されたことを意味していた。政府は20114月、双葉町とその他の8市町村を含む、福島第一原発周辺の20キロ圏に避難区域を設定していた。その区域全体が再編された(下の地図を参照)。一部地域が指定解除できるようにするために、避難指示解除準備区域(汚染レベル20ミリシーベルト未満の区域)、帰還「困難」区域(50ミリシーベルト)が改訂された。帰還が許されない、原発周辺の9市町村を含む特別規制区域は完全に立入禁止とされた10。このような措置によって、総計76,420人の人たちが影響を受けた。うち67パーセント、51,360人は「避難指示解除準備区域」からの避難民である。彼らは日中、自由に区域を出入りし、家や土地を訪れたり働いたりできるが、夜間に泊まりこむことは許されない。この指示は20148月、部分的に解除された。居住制限区域には、住民の25パーセント(19,230人)が関わっており、日中に区域を出入りすることは許されているが、許可がなければ働くことができない。日中に帰宅して働くことができるのは、人口の42パーセント、32,130人である。だが、状況は市町村ごとに違っている。スーパーマーケット、病院、その他の社会サービス基盤は再開できておらず、指定解除された地域であっても、現実的な理由で住めないままである。それでもやはり、大熊町と双葉町の一部は、地域再開をめざす避難指示解除の準備段階として試験的除染区域として使われている。
防護の幻影に制圧されて:「がんばろう ふくしま!」
2014年時点の地図:
「帰還困難区域」(年間50ミリシーベルト超)
居住制限区域(年間2050ミリシーベルト)
「避難指示解除準備」区域(年間20ミリシーベルト未満)
2014611

避難民管理政策の第二局面は、基本的に「がんばろう」といった概念を道具として駆使することを特徴としていた。文部科学省の2012年度白書の標題『強くたくましい社会の構築に向けて』がこの意図を浮き彫りにしていた。研究予算は、さまざまな分野において、このコンセプトに沿った施策の研究と実現を志向していた。科学において、たくましさの概念は物性物理学に用いられ、物体の弾性と衝撃をこうむった後で元の形態に復元する能力を説明する。エミー・ワーナーは、ある種の子どもたちがトラウマを克服するのに有益な因子を認識することによって、この概念を心理学に導入した。ボリス・シルニクはこの概念をフランスに広めた12。危機管理の科学、シンディニクス(Cindynics)は今日、この概念を都市が危機耐性を改善するための構造モデルとして用いている。都市は災害に対する脆弱性を認識し、天災であれ、人災であれ、あるいはその両方の特質を兼ね備えた災害であっても、直面することになる数多くのリスクを処理するために弾力的な特性を具備しなければならない13。目下の事例では、人間に生まれつきの自己保存本能に対抗するために、ありとあらゆる手段を駆使し――心理学的、生態学的、その他多くの――復元手法を巧妙に組み合わせている。地域の辛苦に喘ぎながら生きる人びとは歴史的に苦難を克服してきた民であり、その活力を褒め称えることもまた、みなさんに徳があると言い立て、それを政府ができるだけ物惜しみする言い訳にして、復興責任を政府から当該地域に転嫁するための戦略だった。地元の人が我慢づよい気質をエンドレスに褒められて苛つくのも、無理はない。それでも、核災害の場合における復元力について言えば、やはり人の行動の駆動力として恐怖心が時には有益な役割を果たすと考えるべきである。
都市の復元力を災害管理の道具として頼ることには、問題がある。都市を客体として扱い、しかも同時に主体――すなわち、単なる物、人間に構築された単純な産物として考えるのではなく、人が支えたり、世話したりしなければならない、生きており自律した存在――として扱う分析には、個々の人間が不在なので、都市領域と「都市空間のプロデューサー」のあいだの断絶が拡大している。このことから生じる本質的な問題は、ここでもやはり、人間活動が環境にもたらす影響にまつわる無責任である14。これは、地域に生きる人間として、空間の制作と管理にかかわる当事者としての個人の無化を招き、生きる場、その設定、その住民、そのプロデューサー、その行政官(後の3範疇はおそらく重複している)のあいだの相互作用を実質的に破壊してしまう。
20131月、居住制限区域内の富岡町。
放射線レベルは1時間あたり3マイクロシーベルト。
災害対策の責任者である福島大学の専門家は20146月に取材を受けて、地震のさいに日本人が示した卓越した回復力に言及した。彼の所見は単純な数式を表すスライドで図示されていた。天秤の一方の皿に復元力を表す重い円、他方の皿に災害を表す軽い円が置かれていた。この図解では、復元力が重くなれば、災害は軽くなる。筆者が彼に、これを具体的に言えば、なにを意味するのですかと質問すると、彼はバツが悪そうに、3日前にマグニチュード4の地震があって、この概念が否定され、「まだ不安定なままの原発の足元に人びとを再定住させようとしているので、いまわたしたちにとって(考えなければならないのは)、道路を拡幅し、人びとが逃げられるようにして、2011年の渋滞の再現を防ぐことです」と答えた。科学と良心のあいだに現存し、拡大している距離を縮める必要性を示す実例として、この返答よりも明確なものはないだろう。
我慢強さからリスク・コミュニケーションへ
人間流動統制の第三段階は、リスク・コミュニケーションに関わっている。行く年、来る年が抽象化拡大に向かう一里塚である。国は避難民に帰還を呼びかけることを金輪際やめようとせず、故郷から離れることの心理学的苦痛を言い立て、放射線がおよぼす身体的・遺伝学的リスクを過小評価している1520131124日に開催された国際会議に参加した福島県立医科大学とIAEAの専門家たちによれば、とりわけ仮設住宅の住民や汚染されていると「されている」地域の居住者のあいだに、他にも原因はあるだろうが、過剰防護に起因する精神失調が認められる。福島医科大学・神経精神医学講座の増子博文准教授は、マスク着用の必要性、運動場やプールの利用制限、食品摂取制限といったさまざまな制約などがストレス要因となり、特に精神病にかかりやすい人たちの精神失調の根本原因になりうると説明した。そのような欝(うつ)が汚染地域から離れられないことに由来する可能性について、彼は一度も言及しなかった。
最も深く心配している人たちにメッセージを届け、市民層の信頼を取り戻すために、情報発信戦略が採用され、2014年度分として200万ユーロ(約3億円)以上の予算が手当された16。この強引な政策は、特に福島県内の小学校向けに企画された放射能と癌に関する勉強会を開催17したり、汚染された環境で生活するためのハンドブックを配布18したりすることで、放射線リスクが些細なものであり、心理学的リスクが深刻であると教えこんで、安心させることを目論んでいる。この時点から、文字通りの意味で教化戦略が発動され、ドクトリン(教義)を受け入れることが絶対に必要であると断言している。
福島県の小学生向け2014329日開催のイベントの楽しげな宣伝ポスター19
死者の復活を恐れる政府
2014911日時点で、東電福島第一原発爆発事故の関連死は1,170件を超えている。これには、爆発事故と汚染から逃げた人たちの死亡例と福島第一原発の事故処理労働者たちの死亡例が含まれている。この現象の死の手が最初に届いたのは、「仮設住宅」に避難した年配者たちだった。時間がたつにつれ、健康が徐々に悪化していた。日本政府は、人権に関する国連特別報告者、アナンド・グローバーが2012年に作成した勧告21に反して、汚染地域にいる人びとの避難の権利を認めなかったので、移住を求める核難民が利用できる財政援助はなかった。移住できる人たちは、自費で旅だったのである。この「人たち」は、公的に指定された避難区域の住民ではないが、避難を決意した人びとのことである。彼らは「自主避難者」とみなされ、それ故、政府は資金援助を提供しない。貧困化の悪循環を転落してゆくと、しばしば鬱(うつ)とアルコール依存に囚われ、極端な場合、自殺にいたる。地域ごとのフクシマ核災害関連死の分布に着目すれば、浪江町:333死亡例、富岡町:250死亡例、双葉町:113死亡例、大熊町106死亡例となっており、以上は――いまだ汚染水の漏出がアンダーコントロールではない――原発の近隣地域であり、合計して802人の死亡例が核惨事の結果であると確認されている。このうち55人は20141月から6月までの6か月のあいだに死亡しており、事故がアンダーコントロール状態にあるという政府のプロパガンダに反して、危機が継続していることを示している。2014621日付け福島民報22が総務大臣の自殺者数増加に関する見解を報道し、警鐘を鳴らした。
増大する甲状腺癌発症例、または専門家たちの戦い
甲状腺癌症例数の急増もまた、核事故による健康への影響の評価の勘定に入れなければならない。福島県の検討委員会が2014824日に公表した調査結果によれば、18歳以下の子どもたち300,000人のうち、104人が甲状腺癌(訳注:またはその疑い例)と診断された23。日本臨床検査薬協会(JACRI)は、日本における甲状腺癌の自然発症率を100万人に1人ないし3人と推計している。福島県の検討委員会はこれらの症例は核災害と関連していないと主張するが、日本と国際社会の疫学者たちはこれに異議を申し立ててきた。検討委員会は、過去3年間の甲状腺癌症例数の増加は、「スクリーニング」効果、すなわち福島の子どもたちに対する包括的な検査と放射線学的検査の進歩によって、精密な癌の検出が可能になった効果のせいであると主張する。同時に、検討委員会は先行する検査結果との意味のある比較をすることを一切拒絶している。環境大臣は、住民を気休めに安心させる戦略を固持し――できるだけ早期に住民を再定住させるための避難区域の指定解除だけでなく、20149月から10月に予定されていた原発2基の再稼働日程にも目を据えて――2014817日に公表された報告書で、年間100ミリシーベルトより低いレベルでは、人の健康に対する明白な影響はないだろうと述べた24。それに先立って20142月に発行された政府報告書は、年間100ミリシーベルトの環境では健康に対するリスクが低く、低線量環境の部類に入ると決めつけていた25。岡山大学の疫学専門家、津田敏秀教授は、福島医科大学の研究が間違いだらけであると気づき、公の場で論点ごとに異議を唱えた。彼は自分の論点を支えるために、福島の現時点および将来における癌の症例数の増加を明確に警告している2013WHO(世界保健機関)報告26を引用した。彼は返す刀で、100ミリシーベルト以下のレベルにおける健康リスクを否定する日本政府の立場を、そのような立場を支持する外国人疫学者はほとんどいない27と批判した。WHOの元職員で東フィンランド大学講師の疫学者、キース・ベイヴァーストックは、UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)が2013年報告書で提示した調査結果を批判した。彼はUNSCEARに宛てた公開書簡で、委員会の委員間の見解の不一致のせいで、元になった研究から3年たって、ようやく報告書が日の目を見たような始末であると指摘した。とりわけ委員のひとり、ウォルフガング・ワイス博士は、報告書が癌症例の増加と福島第一原発における爆発によって放出された放射能のプルームとの関連を否認していたので、この文献の出版に反対していた。しかしながら、東京電力が20145月付けの報告で認めているように、原発から大量の放射能がいまだに大気中と太平洋に漏れだしているので、UNSCEAR報告書にしても、事故の影響がまったく収束していないことを否定してはいない28
移住に施す処方――コミュニケーション
専門家たちの紛糾の背後で、同じ組織(WHOIAEAICRP)内の別の人たちが、安全・安心メッセージの強引な売り込みによって、問題のブランド更新を図る作業をしていた。それが、笹川財団と福島県立医科大学が主催し、2014989日の2日間開かれた第3回福島国際専門家シンポジウムの眼目である。そのタイトル「放射線と健康リスクを超えて復興とレジリエンスに向けて」は、疫学上の論争を超越して、レジリエンス(復元)と再建が約束される高みに到達したいという欲望を明示的に告知していた。
アルゼンチン環境科学アカデミーならびに海洋学アカデミーの会員にして、UNSCEARおよびIAEA安全基準委員会の委員、アベル・ジュリオ・ゴンザレスにとって、すべてはコミュニケーションの問題だった。彼は、防護には値札が付いており、一部の住民の移住がゴールではないと何度も繰り返し述べたあと、住民の恐怖心はひとえに「汚染」という用語のせいであり、「汚染」は病理を連想させ、事実としては、われわれが太陽からもまた放射線を浴びているというのに、放射線照射という言葉にまったく否定的なイメージを負わせてしまうと言い放った。エミール・ヴァン=デヴター(WHO)がこのアイデアを頂戴し、太陽からの放射線を含め、放射線被曝を学ぶ勉強会を企画して、小学校の生徒たちにこの主題に関する基本知識を教えてはいかがかと提案した。「どのイベントでも、わたしたちはコスト=便益の課題を克服しなければなりません」と彼女は結論を述べた。ICRPのジャック・ロシャールは、そうするために、また被災住民の不安に対処するために、特に「今後、日々の生活の一部になる、この新たな要素、汚染を受け容れるように住民を説得することによって」、安心感を醸成する仕事に取り組んできた。住民の内部被曝を評価するためのデータが充分でないことは誰もが認めていたが、それはそれだけのこと、彼らの関心の核心に触れるものではなかったようだ。ロシャールによれば、「それは閾値を定める問題ではなく、むしろ人びとの自信を取り戻す問題であり、個人測定によって、汚染環境における生活の自己決定ができるようになって――チェルノブイリのような原型に由来する――逃散願望を粉砕することによって達成できるのです」。彼はそうするために、20231121日~24日に福島県立医科大学とIAEAが主催した第2回シンポジウムで、イスラエル保健大臣のイシャイ・オストフェルドが提案した手法を適用した。オストフェルド氏は、「従来型のテロに対処するイスラエルの経験は、身体的な外傷被害者よりも精神的なトラウマの犠牲者のほうが有意に多いことを実証しております……それ故、この経験は放射線に対する恐怖の分野でも役立つことでありましょう」29と説明した。彼はそれ故、献身的な住民の小グループを組織し、それを被災地の全域に展開し、近隣住民に安心を伝える役割を果たすといった、イスラエルが戦争中にレジリエンス(回復力)を達成するための手法を活用するようにと提案した。この作業はICRPによって福島で引き継がれ、福島のエートスと合同で研修会とセミナーが実施され、その第9回会合が20148月に開催された。
かくしてフクシマの戦いは戦争類似性にこだわり、災害後の社会防護のための公共政策手法によって避難民に援助を提供するのではなく、政策原資を転用して、この核惨事の帰結を正常化し、原子炉再稼働を促進する政治路線の推進のために活用するのである。彼らは、これはまったく政府の謀略ではないと主張する。これはむしろ、核災害に直面した人びとの移住の流れを管理する計画であり、この場合、国家(日本)が核産業の温存を選んだ結果なのだ。それでもなお、専門家たちが世論を操作する無限の可能性に関する想定を固く信じているとしても、その背筋の凍るような意味合いを考えれば、彼らはみずからの立場を考え直さないものかと不思議に思うのである。
【筆者】
セシル・アサヌマ=ブリス(Cécile Asanuma-Briceは都市社会学者であり、リール第1クラッシ大学および東京の日仏会館の協力研究員。彼女は2001年から日本に永住し、(2014年近刊)De la vulnérabilité à la résilience, réflexions sur la protection en cas de désastre extrême: Le cas de la gestion des conséquences de l’explosion d’une centrale nucléaire à Fukushima,” Revue Raison Publique, “Au-delà du risque Care, capacités et résistance en situation de désastre,” co-dir° Sandra Laugier, Solange Chavel, Marie Gaille; 20149月)Mobilisations, controverse et recueil des données à Fukushima, La Lettre de l’INSHS, CNRS; 20133月)Fukushima, une démocratie en souffrance, Revue Outre terre-Revue Française de géopolitique20126月)Les politiques publiques du logement face à la catastrophe du 11 mars, in C. Lévy, T. Ribault, numéro spécial de la revue EBISU n°47 de la Maison Franco-Japonaise, Catastrophe du 11 mars 2011, désastre de Fukushima – Fractures et émergencesなど、フクシマ核惨事の処理に関する夥しい数の雑誌と新聞の記事を執筆。
新聞記事は、(2014年) «La légende Fukushima», Libération, septembre, および(2013年) «Crime d’Etat» à Fukushima: «L’unique solution est la fuite»Le Nouvel Observateur-Rue 89, juillet, with T. Ribaultなど。
【推奨されるクレジット表記】
Cécile Asanuma-Brice, “Beyond Reality -or- An Illusory Ideal: Pro-nuclear Japan’s Management of Migratory Flows in a Nuclear Catastrophe,” The Asia-Pacific Journal, Vol. 12, Issue 46, No. 1, November 24, 2014.
セシル・アサヌマ=ブリス「現実の彼方、またはまやかしの理想――原発を選んだ日本の核有事・住民移動管理政策」(井上利男:訳)原子力発電_原発の子、20141128
【注】
1 C. ASANUMA-BRICE (2011): Logement social au Japon: Un bilan après la crise du 11 mars 2011, Revue Urbanisme, Nov.
2 C. ASANUMA-BRICE et T. RIBAULT (2012): Quelle protection humaine en situation de vulnérabilité totale? - Logement et migration intérieure dans le désastre de Fukushima - Report within the program Nucléaire, risque et société of the Interdisciplinarity Project of the CNRS.
3 J.-J. Delfour (2014): La condition nucléaire, réflexions sur la situation atomique de l’humanité, Paris, éditions L’échappée.
4 Among others: Le Monde (02/05/2013): «Le Duo Mitsubishi-Areva va construire quatre réacteurs nucléaires en Turquie»; Le Parisien (26/10/2013): “Nucléaire: accord de partenariat entre Areva, Mon-Atom et Mitsubishi”.
5 Le Monde (16/06/2014): «Le Japon revient dans la course aux ventes d’armes».
6 F. Romario (1994): Energie, économie, environnement: Le cas de l’électricité en Europe entre passé, présent et futur, ed. Librairie DROZ, Genève.
7 201311月にT・リボーとともに実施したインタビュー。ここでロシャールは、1986年にチェルノブイリで、2012年に福島でCEPNが樹立したエートス・プロジェクトに言及しており、これは汚染地域で生活する住民に放射線防護に関する知識を提供し、それによって住民を防護する責任を国および/または東京電力から地域の人びとに転嫁することを目的にしている。これは「放射線防護の自己管理」と呼んでもいいかもしれない。
9 C. ASANUMA-BRICE (2013) Fukushima, une démocratie en souffrance, Revue Outre terre-Revue Française de géopolitique, Mars.
10 Yomiuri, 9 mai 2013: “Announcement on May 7, 2013 by the nuclear disaster countermeasures headquarters [joint measures council for nuclear disaster] (原子力災害対策本部) of the elimination of the previously off-limits special surveillance zone starting on the 28th of this month.» 201359日付け読売新聞「今月28日に発効する元立入禁止特別調査区域の指定解除に関する201357日付け原子力災害対策本部通達」
11 Fukushima Minpō, 23 juin 2014: 10 years after the accident, the government takes stock, with measures established following the decontamination of the difficult return zone, at less than 20 msv 事故後10年全て20ミリシーベルト未満 帰還困難区域除染後の線量 国が試算
12 Emmy E. Werner et Ruth S. Smith (1989), Vulnerable but Invincible: A Longitudinal Study of Resilient Children and Youth, Broché; Boris Cyrulnick (1999), Un merveilleux malheur, éd. Odile Jacob (2011), Resilience: How your inner strength can set you free from the past, Tarcher.
13 G. DJAMENT-TRAN, M. REGHEZZA-ZITT (2012): Résiliences urbaines Les villes face aux catastrophes, ed. Le Manuscrit.
14 この無責任は、実効的な責任に必要である都市の産物と実践のさまざまな当事者のあいだの連携を断ち切ったことの結果である。Cf. J.TRONTO 「責任という用語は…“response”概念に対応し、いわば明確に合理的な態度である」(p.103), in Carol Gilligan, Arlie Hochschild, Joan TRONTO (2013): Contre l’indifférence des privilégiés, éd. Payot.
15 Fukushima Minpō, Oct. 10, 2013: Rise in suicide rates due to the prolonged period of exile - in the (Fukushima) prefecture, and in the three devastated prefectures. 20131010日付け福島民報「長引く避難生活により、自殺率が上昇~福島県内と被災3県」
“The Minister of Internal Affairs has recognized a tendency towards a greater number of suicides in the prefecture due to the accident at the Daiichi nuclear plant and the disaster in Eastern Japan. As of the end of August of this year, the figure rose to 15 people; through all of last year, the tally was 13 people, while the number of suicides had already reached 10 two years ago. With five times as many suicides as in the prefecture of Iwate, Fukushima prefecture has the greatest number of the three devastated prefectures. Specialists point to the psychological burden presented by the length of their refuge far from home. It is to be feared that this tendency [to commit suicide] to increase will accelerate; emergency measures are becoming necessary.” 「総務大臣は第一原発事故と東日本大震災によって県内の自殺件数が増加する傾向を認めた。今年8月末の時点で、15人に達し、去年は通年で13人であり、一方、2年前の自殺者数はすでに10人に届いていた。福島県の自殺者数は岩手県の5倍にもなり、被災3県で最大である。専門家たちは、家から遠く離れた長期にわたる避難が強いる精神的な負担を指摘する。この(自殺者数の)増加傾向が加速する恐れがあり、緊急対策が求められている」
16 平成26年度 原子力関係経費既算要求額、第34回原子力委員会資料第6号。
17 The 52nd Annual Meeting of Japan Society of Clinical Oncology: Kids cancer seminar- Because you live in Fukushima there is a necessity for education about cancer!
18 NHK, June 10, 2014, a manual teaching how «to live with radioactivity»“放射能と暮らすガイド is henceforth being distributed in local communities.
20「原発関連死、1100人超す 福島、半年で70人増 (the number of nuclear-related deaths surpasses 1100 people, with an increase of 70 people in six months) Tōkyō Shinbun, Sept. 11, 2014.
21 Report of the Special Rapporteur on the right of everyone to the enjoyment of the highest attainable standard of physical and mental health, Anand Grover, ONU, Mission to Japan (15- 26 November 2012).
22「関連死で自殺歯止めかからず 福島県内 (suicides tied to the accident continue unabated inside Fukushima Prefecture), Fukushima Minpō, 21 juin 2014.
23「甲状腺がん、疑い含め104人 福島の子供30万人調査」(Thyroid cancer, 104 personnes, enquête sur 300 000 enfants de Fukushima), Asahi, 24 août 2014.
24 2014817日「放射線についての正しい知識を。」という政府広報が、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、産経新聞、日経新聞の大手5紙と、福島民報と福島民友の地方紙2紙に掲載された。(Report made public on August 17, 2014 under the title “For an exact understanding of radiation” in five national papers: Asahi, Mainichi, Yomiuri, Sankei, Nikkei; and two local ones: Fukushima Minpō et Fukushima Minyū.) The report was also carried by the government’s internet-TV channel. See Dr. Keiichi Nakagawa (Associate Professor, Tokyo University Hospital)
26 WHO, Health Risk Assessment, 2013.
27 津田敏秀、「100msvをめぐって繰り返される誤解を招く表現」、科学、岩波、20145月、pp.534-530. TSUDA Toshihide, «Around 100 msv, declarations that multiply the misunderstandings » Science Review, Iwanami, May 2014, pp. 534-540.
28 Keith Baverstock, «2013 UNSCEAR Report on Fukushima: a critical appraisal», August 24, 2014.
29 Conference Program, International Academic Conference: Radiation, Health, and Society: Post – Fukushima Implications for Health Professional Education, 21-24 Nov. 2013, p.79.