2015年4月24日金曜日

【論文紹介と概要】スイスで低線量被曝と小児ガンのリスク研究 大きな反響

【更新】 2015年4月29日
本稿で紹介している論文「背景電離放射線と小児癌リスク~国勢調査にもとづくスイス全国コホート研究」を日本語全訳しました。リンクは次のツイートに貼ってあります。メディアの沈黙に対向するため、みなさんの拡散ご協力を伏してお願いします。
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里信邦子

23.00.2015

福島第一原発事故以降、低線量被曝による小児ガンのリスクは欧州でも関心を呼んでいる。こうした中、スイス・ベルン大学が2月末に発表した研究は、低線量でも線量の増加と小児ガンのリスクは正比例だとし、「低線量の環境放射線は、すべての小児ガン、中でも白血病と脳腫瘍にかかるリスクを高める可能性がある」と結論した。毎時0.25マイクロシーベルト以下といった低線量被曝を扱った研究は今でも数少なく、同研究はスイスやドイツの主要新聞に大きく取り上げられ反響を呼んだ。

 「予想以上のメディアの反応に驚いている。しかし、この研究で焦点を当てた宇宙線と大地放射線は避けられない自然放射線だ。スイス・アルプスなどの線量の高いところに住む子どもがガンにかかるリスクは確かに高いのだが、恐怖を与えたり、警告を発したりするのが目的ではない」と、ベルン大学社会予防医学研究所(ISPM)で同研究に携わったベン・シュピヒャーさんは釘をさし、疫学の専門家として、次のように言う。

 「あくまでも科学的な低線量被曝のリスク研究の一つとして、スイスでは例えば、子どもには必要のないCTスキャンなどは避けるといった予防に対する意識の向上に役立ててほしい」

 日本を含め世界では現在、低線量被曝と発がんや遺伝子の影響に関する見解において、年間100ミリシーベルト以下の被曝では、「線量の増加に正比例して発がんや遺伝子の影響が起きる確率が増える」という考え、つまり、ある線量以下なら影響が出ないという「しきい値」を取り払った、直線しきい値なし仮説(LNT仮説)に従っている。

 よって、(ISPMが扱ったような)毎時0.25マイクロシーベルト以下といったわずかな線量でも、理論的には線量の増加と小児ガンのリスクは正比例の関係になる。しかし、実際にはこうした低線量被曝のリスク研究はわずかしか存在せず、しかも科学的にまだ不十分な点が多い。これが、ISPMが今回の研究に取り組んだ一つの理由だ。

 また、スイスで小児ガンにかかる年間約200人の患者のうち、小児白血病は約30%、小児脳腫瘍は約25%を占める。この二つのガンは、広島・長崎の原爆で被爆した人の中でも特に当時子どもだった人がその後にかかる主な疾患だとする多くの研究がある。「では、スイス国内の小児ガンでメインなこの二つのガンと低線量被曝に相関関係があるのか?」と考えたのが二つ目の理由だ。

斬新な研究

 「我々の研究の斬新さは、ガンにかかった子ども一人ひとりの病名や経緯、またその子が住むスイス国内の住所を特定し、その場所の詳細な環境放射線の値を使ったことだ」とシュピヒャーさんは言う。

 ここで言う環境放射線とは、子どもの住環境にある放射線を指し、それはさらに、原発事故などによる人工放射線と自然放射線に分けられる。この自然放射線には、宇宙線と岩石などから出る大地放射線などがある。

 ISPMは、まず1990年から2008年にかけ、スイス国勢調査を使って16歳以下の子ども約200万人を選び出し、その後、スイス小児ガン登録簿(SCCR)を使って1782人のガン患者を特定した。

 それに、スイスの自然放射線量とチェルノブイリ事故後に飛散したセシウム137の土壌濃度を記した放射線量マップを基に、200万人の子ども全員の住居地の線量を把握した。このマップは、連邦工科大学チューリヒ校が行ったスイスにおける放射線量研究(Raybachレポート)で作成されたものだ。

 「住所を含むこうした情報は個人情報に近いため、恐らく北欧の国を除いては入手できないものだ」とシュピヒャーさん。さらに、200万人の子どもが住む周囲の環境放射線の数値を、それも4平方キロメートルごとに調査したものを使った研究は今までにないと強調する。

 実は2013年に、環境放射線と小児ガンのリスクを扱った、イギリスの研究(Kendallレポート)がある。対象となった子どもの数と線量測定地の数がスイスのISPMの研究より多いなどの点から「トータルにはISPMのものと同程度の価値がある」と言われるものだ。ただ、ガン患者が住む場所の線量が行政区の平均値であるため、個々人の住居周辺の線量データを使ったスイスのものとの比較において、疫学的観点からは不正確さが残るとされる。

スイス全土の宇宙線と自然放射線

 では、なぜ小児ガンを引き起こす原因として、宇宙線と大地放射線、及びチェルノブイリ事故後のセシウム137に焦点を当てたのだろうか?

 「スイスの環境では、こうした環境放射線以外に、特殊な化学物質や公害物質がガンを引き起こす可能性はほぼない。また、大地放射線のガンマ線が白血病を引き起こすことはKendallレポートなどからも明白だったからだ。他にラドンガスもあるが、これは主に肺に吸収され肺ガンの原因になるから、今回の研究からは除いた」とシュピヒャーさんは説明する。

 そこで、宇宙線と大地放射線、セシウム137の毎時の線量が計算できる前出のRaybachレポートのマップを使用した。さらに、これら三つの放射線の、生まれたときから調査時までに浴びた総線量も計算。毎時の放射線量と総線量の両面からガンにかかるリスクを分析した。

 その結果、数値としては「生まれたときから浴びた総線量において、総線量が1ミリシーベルト増えるごとに4%ガンにかかるリスクが増える」を結果として提示した。

10~20年でさらに進む研究 

 最後に、日本人には気になるセシウム137。これはチェルノブイリ事故のせいで、スイスでは主にイタリア語圏のティチーノ州に今でも存在する。しかし、スイス国民が受ける環境放射線量の平均は、毎時約109ナノシーベルト(約0.1マイクロシーベルト)。うちセシウム137は、毎時約8ナノシーベルトに過ぎない。

 こうした値をスイス全体でみると(マップ参照)、やはり山岳部のグラウビュンデン、ヴァレー、ティチーノ州の一部に、毎時0.2マイクロシーベルトを超える放射線量の高いところがある。

 しかし、ここでまた、シュピヒャーさんの前出の結論が繰り返される。「フクシマのせいで、この研究結果に関心を持つ日本人は多いと思う。しかしこれは、低線量と小児ガンにかかるリスクの可能性が正比例で高まることを示した、科学的な一つの研究だ。そのことを理解して役立ててほしい」と語った上で、次のように続ける。

 「我々の研究も完全ではない。例えば、放射線量の正確さを最大限に高めたいなら、ガン患者のすべての住居でかなりの期間にわたり測定が必要だ。実際、そうした研究も今後出てくるだろう。この研究を一つの礎にして、より詳細で大規模な低線量被曝の研究を期待する。そうして今後10~20年でこの分野の研究はさらに進むと思う」

ベルン大学が発表した「環境にある低線量の放射線と小児ガンのリスク」

ベルン大学社会予防医学研究所(ISPM)が発表した研究のタイトルは「Background Ionizing Radiation and the Risk of Childhood Cancer : A Censusu-Based Nationwide Chohort Study」。

2年かけて行われた同研究は、スイス連邦内務省保健局、スイスガン連盟、スイス連邦科学基金などが支援した。

疫学の専門家ベン・シュピヒャーさんや3人の小児ガンの専門家などを含む10人の研究者と小児ガン研究グループ、国勢調査グループなどが研究に参加した。

個々の小児ガン患者のデータを使用して、小児ガンになるリスクと環境放射線中の特にガンマ線による低線量被曝の相関関係に焦点を当てた研究は、同研究とスウェーデンの研究(2002年)、イギリスの二つの研究(2002年のものとKandellレポート)の、計四つがある。そのうち同研究を含む三つが、相関関係を証明している。


なお、2011年にISPMはスイスの原発から、5キロメートル、5~10キロメートル、10~15キロメートルの範囲で、放射線量と小児ガンとの関係も調査した。


ADVANCE PUBLICATION

Environ Health Perspective; DOI:10.1289/ehp.1408548
背景放射線と小児癌のリスク:
全数調査にもとづく全国コホート研究
 PDF Version (426 KB)

受付:2014411日 受諾:2015128日 先行公開:2015223
スイス小児腫瘍学グループおよびスイス全国コホート研究グループ
Ben D. Spycher, 1 Judith E. Lupatsch, 1 Marcel Zwahlen, 1 Martin Röösli, 2,3 Felix Niggli, 4 Michael A. Grotzer, 4 Johannes Rischewski, 5 Matthias Egger, 1 and Claudia E. Kuehni
1 スイス、ベルン、ベルン大学・社会予防医学研究所(ISPM)。
2 スイス、バーゼル、熱帯・公衆衛生研究所。
3 スイス、バーゼル、バーゼル大学
4 スイス、チューリッヒ、チューリッヒ子ども病院大学腫瘍学部
5 スイス、ルツェルン、州立病院ルツェルン、こども病院腫瘍・血液科
Address correspondence to Ben D. Spycher, Institute of Social and Preventive Medicine (ISPM), University of Bern, Finkenhubelweg 11, CH-3012 Bern, Switzerland. Telephone: +41 31 631 56 97. E-mail: ben.spycher@ispm.unibe.ch

金銭的利益相反
著者らは金銭的利益相反を有しないと宣言する。
概要
背景:中または高線量の電離放射線は、子どもたちの発癌要因として既に知られている。自然線源に由来する低線量放射線が小児癌のリスクに寄与する程度は未解明のままである。
目的:われわれは全国全数調査コホート研究によって、小児癌の発症率が地球のガンマ線と宇宙線による背景放射線と関連しているか否かを検証した。
方法1990年および2000年の国勢調査において16歳未満の子どもたちが調査対象になった。追跡調査は2008年までつづけられ、癌の症例はスイス小児癌登録簿によって特定された。居住地点における地球・宇宙線の線量率を予測するために、放射線モデルが用いられた。癌リスクと誕生以来の線量率および蓄積線量の関連を評価するために、コックス回帰モデルを用いた。
結果:国勢調査に記載されている2,093,660人の子どものうち、1,782症例の癌が識別され、そのうち、530症例が白血病、328症例がリンパ腫、423症例が中枢神経系(CNS)の腫瘍だった。外部放射線の蓄積線量が1 mSv増加するごとの危険率は、癌全般が1.0395% CI: 1.01, 1.05)、白血病が1.041.00, 1.08)、リンパ腫が1.010.96, 1.05)、CNS腫瘍が1.041.00, 1.08)だった。一連の潜在的交絡因子による補正を試みたが、結果にほとんど影響しなかった。
結論:われわれの研究は、白血病、CNS腫瘍など、小児癌のリスクに背景放射線が寄与しているかもしれないことを示唆している。

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