2012年1月26日木曜日

ふくしま集団疎開裁判 「仮処分申立書」(抄録)

仮処分申立書

2011年6月24日
福島地方裁判所郡山支部  御 中
当事者   
申立人  郡山市の小中学校に通う14名の子どもたち
相手方  郡山市

申立の趣旨
1 相手方は申立人らに対し、別紙環境放射線モニタリング一覧表で測定高さが50cmまたは1mのいずれかにおいて空間線量率測定値の平均値が0.2マイクロシーベルト/時以上の地点の学校施設において教育活動を実施してはならない。
2 相手方は申立人らに対し、別紙環境放射線モニタリング一覧表で測定高さが50cmまたは1mのいずれかにおいて空間線量率測定値の平均値が0.2マイクロシーベルト/時以上の地点以外の学校施設において教育活動を実施しなければならない。
との裁判を求める。
申立の理由

第1、        当事者
1 申立人
  申立人らは、福島県郡山市に居住し、郡山市立の小学校ないし中学校に通っている児童生徒である。
2 相手方
相手方(郡山市)の教育委員会は、小中学校、保育園及び幼稚園を所管し、その教育に当たり適切な教育の実施を図る機関である。

第2、経緯
1 福島第一原子力発電所の設置
福島第一原子力発電所は、東京電力株式会社により設置された、福島県双葉郡大熊町に所在する原子力発電所である。
2 福島原発事故
2011年311日発生した東北地方太平洋沖地震によって、福島第一原発において運転中の原子炉は、地震と津波により外部からの電源と非常用ディーゼル発電機を失い、全電源を喪失した。
そのため、原子炉や核燃料プール内の使用済み核燃料を冷やすことができなくなるという世界でも「チェルノブイリ原発事故」以来とされる深刻な原発事故となった。
のみならず、原子炉格納容器につながる圧力抑制室が破損するなどし、建屋内での水素爆発などの結果、核燃料棒に含まれる高レベルの放射性物質が大量に外部(大気および海水等)に漏出し続け、現在なお収束できていない。この放射性物質の外部への漏出の継続という点では、「チェルノブイリ原発事故」ですら経験したことのなかった歴史上未曾有の深刻な人災である。
3 福島原発事故による放射性物質の拡散
  福島原発事故により、放射性物質が大量に放出され、日本各地、主に東北・関東全域及び太平洋側の海洋が高濃度に汚染されることとなった。
 特に、食品、水道水、海水及び土壌に対する放射能汚染が未曾有の深刻な問題となっている。
4 国による対応
かかる未曾有の原発事故に対し、国は原子力災害対策特別措置法15条2項・3項に基づき、312日に福島第一原発から20キロ圏内に避難指示を、315日には半径20キロから30キロ圏内に屋内待避指示を出した。422日には半径20キロ圏内が「警戒区域」に設定され立入りが禁止されている。
5 文部科学省における対応
(1)ア 国(文部科学省)は、福島県教育委員会などを名宛人として、4月19日、120mSv/年を学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安とする通知を発した。
(2)しかるに、国(文部科学省)は、5月27日、4月19日付通知を事実上修正し、年間1ミリシーベルト以下を目指す発表を表明した。

第3、被保全権利
1 総説
しかるに、福島県内の多くの地域において、福島原発事故以来の空間線量の積算値は既に1ミリシーベルトを超えており、その人体に及ぼす影響に鑑みると、申立人らを含む福島県内の小中学校、保育園及び幼稚園に通う児童生徒は、現状のまま学校生活を送る中で、のちに放射線障害によるガン・白血病といった疾病を発症する可能性があるのは確実であり、そのため、彼らの生命・身体・健康という最も尊ぶべき人格的利益は今まさに重大な危険にさらされている。

2 放射線が人体に与える影響
 (略)
(6)結論
以上より、既に福島県内においては福島原発事故以来の累積空間線量が1ミリシーベルトを超えている現在、その人体に及ぼす影響に鑑みると、特に細胞分裂の盛んな成長期にある福島県内の小中学校、保育園及び幼稚園に通う児童生徒は、前記の文部科学省通知に基づいた学校生活を送る中で、早晩、晩発性の放射線障害としてのガン・白血病といった疾病、さらにはたとえ死を免れたとしても子孫に代々悪影響を及ぼし続ける遺伝子(DNA)損傷等をもたらす可能性がある。そのため、彼らの生命・身体・健康という最も尊ぶべき人格的利益は今まさに重大な危険にさらされていることは、まごう事なき事実である。

3 「年間1ミリシーベルト」の根拠
(1)        はじめに
 人間の健康面から許容される公衆の被ばく限度は、諸説あるものの、文部科学省が従うICRP勧告においては年間1ミリシーベルトと定められている。
(2)        ICRP2007年勧告
国際放射線防護委員会(ICRP)は、1985年のパリ声明で、それまでの1977年勧告の「一般公衆の線量限度は5ミリシーベルト」は高すぎるという国際的な批判をようやく受け入れ、「一般公衆の線量限度は1ミリシーベルト」に引き下げる決定をした。それに対し、セラフィールド放射能汚染で揺れるイギリスの放射線防護庁が「一般公衆の線量限度は0.5ミリシーベルト」に引き下げることを勧告したが、また、世界で初めて低線量被曝の問題を発見したECRRの初代議長アリス・スチュアートから基準の大幅見直しを求める公開質問状がICRPに出されたが、ICRPは5から1ミリシーベルトに下げたので、これ以上引き下げる必要ないと反論した。こうして、1990年に出されたICRP1990年勧告は、従前の「一般公衆の線量限度は1ミリシーベルト」と変わらなかった。
2007年12月に公表した2007年勧告においても、従前の勧告の焼き直し版にとどまり、一般公衆の線量限度は1ミリシーベルトと変わらなかった。
(3)        ECRR2010年勧告(甲18)
なお、欧州放射線リスク委員会2010年勧告においては、「公衆の構成員の被曝限度を 0.1 mSv 以下に引き下げること。原子力産業の労働者の被曝限度を 2 mSv に引き下げること。」(勧告の概要 14)が勧告されており、一般人については、1ミリシーベルトすら許容されていない(その10分の1である)。
その理由としては、次の通り記されている。「これは原子力発電所や再処理工場の運転の規模を著しく縮小させるものであるが、現在では、あらゆる評価において人類の健康が蝕まれていることが判明しており、原子力エネルギーは犠牲が大きすぎるエネルギー生産の手段であるという本委員会の見解を反映したものである。全ての人間の権利が考慮されるような新しい取り組みが正当であると認められねばならない。放射線被曝線量は、最も優れた利用可能な技術を用いて合理的に達成できるレベルに低く保たれなければならない。最後に、放射能放出が与える環境への影響は、全ての生命システムへの直接・間接的影響も含め、全ての環境との関連性を考慮にいれて評価されるべきである。」(同上)
(4)        ICRP2007年勧告の国内制度への取り入れについて
ICRPの2007年勧告を受けて、文部科学省の放射線審議会の基本部会は2011年1月12日「国際放射線防護委員会(ICRP2007年勧告(Pub.103)の国内制度等への取入れについて(第二次中間報告)」を報告し、この報告は同月28日の放射線審議会において承認された。
この報告書において、基本部会の提言には、「公衆の線量限度1 mSv/年を遵守するため」と説明している。
(5)        国内法
現在の国内法においても、公衆被ばくの限度は年間1ミリシーベルトを基準として構成されている。

4 空間線量の積算値
()、はじめに
福島県内の小中学生は、2011年3月11日以来継続して、放射線による被曝、すなわち内部被曝と外部被曝の両方の危険に置かれている。この一刻も猶予が許されない被曝から申立人らを救済するため、以下、申立人らが浴びた空間線量の積算値の算定を外部被曝に限定して行なう。従って、最も危険な内部被曝を考慮せず、外部被曝だけで危険な状態であることが判明したならば、それは極めて危険な状態にあることを意味する。

()、申立人らが通学する小中学校における空間線量の積算値
ア、                        基準値
申立人らが通学する小中学校における空間線量の積算値を算定するために、基準となる値として、文部科学省等作成の「実測値に基づく各地点の積算線量の推計値」の表に記載された「郡山市豊田町」における2011年3月12日6時から5月25日24時までの積算値の推計値を利用する。なぜなら、申立人らが通学する小中学校はいずれも前記「郡山市豊田町」の地点から約5km以内の近距離にあるからである。
すると、「郡山市豊田町」における2011年3月12日から5月25日までの75日間の空間線量の積算値は2.9ミリシーベルトであり、この時点で既に1ミリシーベルトをはるかに超えている。
のみならず、申立人らが通学する小中学校における空間線量の積算値は「郡山市豊田町」の積算値と同じではなく、それより少なくとも1.3~2.3倍高い。なぜなら、両者の2011年4月5日前後の測定値を比較してみたとき、地上から1mで測定した場合には約1.3~2.3倍高く、地上から1cmで測定した場合には約1.58~2.8倍高くなっており、そのちがいが積算値にも反映するからである。
イ、3月12日~5月25日の積算値
  以上から、申立人らが通う7つの学校の3月12日~5月25日の積算値は、少なく見積もっても、
2.9mSv×1.3=3.8mSv
最大では、
2.9mSv×2.3=6.67mSv
となる。すなわち、申立人らは、外部被曝だけで、なおかつ積算にあたって木造家屋内の低減係数を0.6とし不当に低い数値を導く計算方法によったとしても、75日間だけで空間線量の積算値は3.8~6.67mSvとなり、年間許容量(1mSv)の3.8倍から6.67倍も被曝している。
ウ、年間の空間線量の積算値の推計
「実測値に基づく各地点の積算線量の推計値」には、福島県内の各地の「3月12日~5月25日の積算値」と「年間の放射線量の積算値の推計値」のデータが記載されている。そこで、申立人らが通う7つの学校の3月12日~5月25日の積算値と対比して最も近いものを探せば、そこから「年間の放射線量の積算値の推計値」のデータを引き出すことが可能となる。
申立人らが通う7つの学校では、来年3月11日までの1年間の積算線量として、外部被曝だけで、なおかつ積算にあたって木造家屋内の低減係数を0.6とし不当に低い数値を導く計算方法によったとしても、年間の空間線量の積算値は12.7~24mSvとなり、年間許容量(1mSv)の12.7倍から24倍も被曝することになる。

()、福島県内の小中学校のうち1年間の空間線量の積算値が1ミリシーベルトを超えると推計される学校
ア、推計の方法
 結論として、5月23~25日の測定値の平均値が0.2マイクロシーベルト/時以上の地点では、年間の空間線量の積算値は1ミリシーベルトを確実に超えると推計することができる。.(その理由は略)。

イ、1ミリシーベルト/年を超える具体的な地点
①.郡山市
60箇所の測定地点のうち55箇所が0.2マイクロシーベルト/時以上あり、年間の空間線量の積算値は1ミリシーベルトを確実に超えると推計される。これに対し、5箇所は0.2マイクロシーベルト/時に達しないが、0.17マイクロシーベルト/時を記録した3箇所は年間の積算値が1ミリシーベルトを超える可能性は十分ある。
②.福島市
32箇所の測定地点すべてが0.2マイクロシーベルト/時以上あり、年間の空間線量の積算値は1ミリシーベルトを確実に超えると推計される。
(以下、略)
ウ、                        小括
以上から、福島県内の各市の学校(総数266)のうち、年間の空間線量の積算値が年間許容量(1ミリシーベルト)を確実に超えると推計される地点が243、年間の空間線量の積算値が年間許容量(1ミリシーベルト)を超える可能性が十分あるとされる地点が18であり、それ以外が5である。

5 小括
人体に対する被曝は、外部被曝だけでも、空間線量による被曝だけでなく、地面に降り積もった放射性物質からの被曝を考慮しなければならないし、さらに、呼吸器から体内に入った放射性物質及び食物や水から体内に入った放射性物質による内部被曝も考慮に入れなければならない。福島の子どもたちを守るためには、これらのすべての経路による被曝量を合計して少なくとも1ミリシーベルト以下に抑える必要があるが、この測定は容易なことではない。しかし、空間線量による外部被曝だけでも1ミリシーベルトを超える地域内の学校施設で教育活動を行えば、子どもたちの総被曝量が1ミリシーベルトをはるかに超えることが明らかである。
そうすると、このまま申立人の子どもらを含む上記の児童生徒を放射線の空中線量が既に1ミリシーベルトを超えた地域及び1年間で1ミリシーベルトを超えることが確実に予測できる地域において教育活動を行った場合、福島県内の小中学校、保育園及び幼稚園に通う児童生徒の生命・身体・健康が放射線障害によるガン・白血病の発症という重大な危険にさらされることは明らかであり、その生命・身体・健康という人格的利益に対する重大な侵害行為に該当するものである。

7 福島県内の児童生徒の有する権利
(1)        教育を受ける権利
憲法26条1項は、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」と規定し、同条2項後段は「義務教育は、これを無償とする。」と規定する。
ここに保障する国民の教育を受ける権利は、当然に「安全に教育を受ける権利保障」を含むものであり、言い換えれば、児童生徒は生命・身体・健康を損なうことなく教育を受ける権利が憲法により保障されている。この保障は、今回の福島原発事故が発生した状況下においても、否、そのような場合においてこそ、一層、この保障の実現が求められるものである。
(2)        生存権・生命に対する権利(人格的利益)
 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利(生存権、憲法25条1項)を有しており、国はこれを保障する義務がある(憲法25条2項)。また、憲法13条により生命に対する国民の権利は最大限尊重される(憲法13条)。
 国民が、福島原発事故を起因とする大量の放射性物質放出による生命・身体・健康への侵害から保護される権利を有することは当然である。
(3)        保健措置
 学校においては、児童生徒等の健康の保持増進を図るため、健康診断を行うほか、その他その保健に必要な措置を講じなければならない(学校教育法12条)とされており、児童生徒および保護者は、適切な保健措置を講ずることを求める権利を有している。
(4)        最善の利益
児童の権利に関する条約第3条1項は、「児童に関するすべての措置をとるに当たっては、公的若しくは私的な社会福祉施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行われるものであっても、児童の最善の利益が主として考慮されるものとする。」と規定し、児童の最善の利益の尊重が謳われている。
本件の解決に当たっても、かかる観点を常に念頭に置いて考えることが必要不可欠である。
 8 相手方の負う義務
(1)安全配慮義務
 第7項記載の児童・生徒の権利(特に憲法26条に基づく権利)を全うするため、国及び地方自治体は、児童生徒の生命・身体・健康を守るために必要な措置をとる「安全配慮義務」を負う。
 すなわち、福島原発事故により3月11日以来継続して、原発から大量の放射性物質が最も身近に放出され続けている福島県内において、国、福島県及び福島県内の市町村は、福島県内の小中学校、保育園及び幼稚園に通う児童生徒が放射線障害によるガン・白血病の発症より生命・身体・健康が損なわれることのないように、危険地域において教育活動を行わないような措置を積極的に取る安全配慮義務がある。
 学校保健安全法26条は、「学校の設置者は、児童生徒等の安全の確保を図るため、その設置する学校において、事故、加害行為、災害等により児童生徒等に生ずる危険を防止し、及び事故等により児童生徒等に危険又は危害が現に生じた場合において適切に対処することができるよう、当該学校の施設及び設備並びに管理運営体制の整備充実その他の必要な措置を講ずるよう努めるものとする。」と定めているが、安全配慮義務の表れである。
(2)小中学校の設置場所
   本件において、年間の空間線量の積算値が年間許容量(1ミリシーベルト)を確実に超えると推計されるような危険区域内に設置した小中学校では安全配慮義務を全うすることができない。
   この点、小中学校の設置場所について、学校教育法38条は「市町村は、その区域内にある学齢児童を就学させるに必要な小学校を設置しなければならない。」としているが、本条はあくまで原則を定めたものであって、やむを得ない理由がある場合には、その区域外に設置することも当然に認められる。
   通達では、「市町村が小・中学校を設置するに当たっては、その区域内に設けるのが原則であるが、やむをえない理由がある場合は区域外に設けることもできる」とされている(昭和34年4月23日委初80 初中局長回答」。
   本件では福島原発事故以来大量の放射性物質が放出され続けており、申立人らが通学する小中学校における空間線量の積算値は2011年3月12日から5月25日までの75日間だけで、最小で3.8ミリシーベルト、最大で6.67ミリシーベルトに達し、1年間の最大許容限度である1ミリシーベルトの3.8倍から6.67倍もの被曝により、児童生徒の生命・身体・健康に重大な影響を与える状況となっているのであるから、上記「やむを得ない理由」があることは明らかである。
(3)結論
  以上より、相手方は申立人ら児童生徒の生命・身体・健康を守る安全配慮義務を負っているが、危険地域において教育活動を継続することはこの義務に違反するものであって、認められない。
  相手方は、安全配慮義務を全うすべく、早急に小中学校について危険区域外に移転して設置すべき法的義務を負う。そして、義務教育の無償(憲法26条2項後段)からすると、これは学校設置者である地方公共団体の費用により行われることが当然である。

第3、保全の必要性
1 唯一の方法
以上から明らかな通り、このまま申立人の子どもらを含む上記の児童生徒を放射線の空間線量が1ミリシーベルトを超えた地域及び1ミリシーベルトを超えることが確実に予測できる地域(危険地域)において教育活動を行った場合、申立人の子が放射線障害によるガン・白血病の発症より生命・身体・健康が損なわれる具体的危険性がある。
しかるに、直ちに、国・地方公共団体の費用による疎開措置を施さない限りこの事態は解決できず、他に実効的にとりうる手段はない。
なお、福島県内では、子どもの健康被害を避けるために、すでに多くの親たちが自主的に子どもを転校させて県外に避難させているが、申立人を含む多くの親たちは、子どもの健康を心配しつつ、個人的に避難させることに逡巡している状況にある。個人的に子どもを避難させるのは、経済的に大きな負担であるのみならず、子どもを学校集団から切り離し、それまでに築きあげてきた恩師や友人との関係を断絶させる結果となり、子どもにとって精神的負担が大きく、教育上、好ましい結果を生じないことは明らかである。子どもの教育権を保障しつつ、子どもの生命、身体、健康を守るためには、小学校の設置者である市町村において、危険地域外の施設に学校ごと移転させて学校教育を行うこと、すなわち、疎開措置を施すしか方法がないのである。

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